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東日本のこの夏は本当に妙な按配で。
連日のように蒼穹には雲が垂れ込め、ほぼ中1日というペースで雨が降り、
暑くないわけじゃあないけれど水を浴びるほどじゃあなくて。
そのため、真夏となれば人口以上の群衆が集う人気の海水浴場や
各種スライダーを取り揃えても芋洗い状態となる有名プールは軒並み閑古鳥が鳴く始末。
とはいえ夏は夏であり、遊び方に制限がかかった鬱陶しさからだろか、
放散できなんだ熱を持て余したかのような陰惨な事件も少なからず起きたし、
たちの悪いご近所迷惑ぽいレベルの騒動も多々起きた。
この時期には定番の、夜遊びや何やで徘徊する若者たちが起こす
喧嘩や騒音、暴走行為なんてな騒動も健在で。
そんなこんなで軍警もなかなかに忙しく、所轄署の頭数だけでは到底手が回らず、
本来は荒事への、若しくはやや非合法な仕儀になりそなグレーな対処にこそ
特段の頼りとされる我らが“武装探偵社”へも、
喧嘩騒ぎの鎮圧や暴走行為を辞めぬ懲りない若人の取り締まりなど、
やや力仕事系、若しくは珍事件への対応が回ってくる率が上がる。
本来の夏もそういう季節ではあるのだが、
猛暑日が少なかった代わりのように
災害級のゲリラ豪雨や 停電や火災を招いた激しさでの落雷が頻発したがため、
正規の警官らはそういった地域への応援に駆り出され、
普段以上に人手不足と相成った夏でもあり。
それへの援護として駆り出された探偵社の調査員らもまた、
慣れぬ種の対応や余計な激務を負わされ、
心身逞しいはずの全員がくったくたに疲弊させられた夏となった。
「大丈夫かい? 敦くん。」
若いが故のタフさと回復力が売りなはずの虎の少年も例外ではなく。
非常勤の巡査扱いという許可証をいただいての
繁華街での警邏やら職務質問やらに駆り出されるわ、
はっちゃけた若人が羽目を外して騒いでいると通報されれば、
お元気で向こう見ずな確保対象に負けじと
宥めたり押さえつけたりする助っ人にお呼びがかかって駆けつけるわ。
そろそろ朝晩が涼しくなり、
学生さんたちも授業が始まろう暦へ入っても、
相手はエナジー余りまくりなお年頃で なかなかそういう気勢は静まらぬか。
済まないが様子を見に行ってくれまいかという
最寄りの所轄署からの助勢もどきの依頼は九月に入ってもなかなか絶えなくて。
そうともなると、一番の若手で体力自慢な敦が頻繁に頼りにされもするようで、
「もしかしなくとも一昨日からの二徹なんじゃあないかい?」
「あはは…。しょうがないです、はい。」
今も今で、経験豊かな教育係である太宰と共に、
昼下がりの街中、通報があった場所までの駆け足となっている少年だったが、
ほんの数時間前にあたる未明には
別口の通報で公園で喧嘩していた若いのを引きはがす面倒に巻き込まれていたし、
その前には夕飯もそこそこに駅前通りという繁華街にて
未成年者の夜間徘徊への一斉取り締まりとやらに駆り出されてもいて。
そういった助っ人任務が割り込む中、通常のお仕事にも当然ながらあたっており。
爆破予告が届いていた要人の招かれた祝宴の警護や、
海外からの関係者を招いて開かれた国際会議の監視と護衛やら、
機動隊や警備課の頭数が足りないとかで
正式な班分けの中へ組み込まれ、きっちり配属されての参加となり。
気を抜けない日中を二日ほど過ごしたばかり。
しかもしかも、何事もなく終わったならならで、
それらに関する報告書を書いて提出せねばならないため、
様々な任務に文字通り翻弄され、頭の中は混沌としている彼なのだろうなと。
いつも目を配り、なればこそようよう見ている相手の負った疲労度とやら、
しっかと把握済みな太宰としては同情しきりで。
ちょっぴり疲れの滲む童顔を痛々し気に見やると、
「なに、それほど深刻な通報でもあるまいよ。」
陽の高いうちの騒ぎなんて底が知れている、
すぐにも片付こうと励ますように声を掛ける。
彼らが今向かっているのは、一般の通行人からの通報が
警邏課や生活安全課でも人手がなくてという最後の最後にたらい回しにされてきたもの。
曰く、学生ぽい若い男らが挙動不審なので注意してほしいというもので。
住宅街の所謂 中通り、生活道路を行ったり来たりし、
家と家の間の路地とも呼べない隙間を覗いたり、停められてある車の下を窺ったりしているの、
通りすがりの一般人が見咎めたらしく。
人が通ると何食わぬ顔で立ち話など始めたらしいが
いかにもとってつけたような素振りなのが怪しいし、
しかも手には何やら液体を詰めた瓶だかペットボトルだかを持っており。
酸などの危険な劇薬物や毒性の高いもの、
はたまた揮発性の高い燃料とかだったら…と案じての通報だという話。
なので、そんな輩がいないかを確認し、
いれば職務質問を掛け、補導し、所轄へ連行するというのがこたびの務め。
いかにもな犯罪組織構成員風でなし、
はたまたテロを企てんとするよな存在、訓練された異人のようでもなさそうで。
九月の頭、学校も短縮授業という頃合いなので、
まだまだ夏休み意識の抜けないまま、悪戯を構えている学生かもしれぬというのが、
連絡を受けた所轄署の人の言いようで、
「処理を終えたら、報告は口頭でいい、
そのまま休みに入っていいぞと国木田くんから言われてる。」
だから頑張ろうねと笑いかければ、
はいと嬉しそうに口角を上げつつ頷いたのが
いかにも素直な反応で何とも可愛らしい。
素直には違いないながら、いえいえまだ頑張れますとはならなんだところは、
ああ、そんなにも疲れてるんだと思い、
親しくしている中也とも会いたかろうしなと、余計なお世話なところまで勘ぐりつつ。
やっとのこと、通報のあった通りを見通せる辺りまで辿り着けば、
成程、3人ほどの、男らというより敦と変わらぬくらいだろう年頃らしき
Tシャツに色あせた綿パンやダメージジーンズという砕けた恰好の少年たちがいて。
注視すればあっさり分かるのが、
確かに何か探してでもいるものか、こそこそと辺りを窺っている。と、
「あ…。」
何か見つけたか それっと動きに鋭い冴えが覗いたのも一瞬、
顔を上げた一人がその視野の中に
自分たちへと照準を合わせた存在が近寄りつつあると気づいたようで。
日焼けしたお顔を見合わせ、逃げるぞと散り散りに駆け出すあたりは場慣れしており。
3人いたのがてんでバラバラに逃げ出したのを、
「待ちなさいっ。」
まずは体当たりして突き飛ばそうとでも思ったか、真っ向から向かって来た肩幅のある男の子を
太宰ががっしりと受け止め、そのまま要領よくひょいと足元を蹴って払って地に伏せさせる。
風貌の端正さから上背だけの優男だとでも踏んだらしいが、
これでなかなか荒事のプロだし、元はマフィアの幹部だけにコツは心得ておいで。
一方、やはりひょろりとした痩躯を跳ね飛ばさんと、敦に向かって来た少年も、
運動部にでも籍を置くものかなかなかにしっかとした体躯だったが、
「逃がさないっ!」
アメフトのスクラム同士の激突もかくや、
肩と肩とをガチンコでぶつけ合うと、何とそのまま拮抗したから、
これには不審者の少年の側がぎょっとし、
「せいっ!」
相手の肩の向こうの背中を、
指を組んだ両手でどんッと上から叩いてそのまま地べたへ落とした敦の、
このひょろっとした体躯の何処にそんな馬力があったのかと。
恐らくはそんな驚きから意表を突かれたことが
多大な隙を生んだということにも気づけぬままに、
そりゃああっさり昏倒してしまっており。
「うわぁ。」
あと一人居残った少年は、
反射がやや鈍かったか、お仲間二人の脱兎のような駆け足から出遅れ、
しかもそんなまで要領がいいはずの二人が
あっさり捕らえられたことへ恐慌状態にでも陥ったものか。
依然として最初にいた位置から動けず、ガタガタ震えて立ち尽くしていたが、
「そこの君も、この子たちの仲間なんだろう?」
自分が蹴倒した少年を敦に任せ、太宰がそちらへと歩みを進める。
見るからに気の弱そうな雰囲気の子で、
おおかたこちらの二人にそそのかされて、
引っ張り回されては悪い遊びに加担してきたクチだろうと踏んだのだが、
「よ、寄るなっ!」
随分と慄いている様子がぐんぐんと昂ってゆき、
これは興奮させたら不味いかと太宰が感じて歩を緩めたのとほぼ同時、
彼が手にしていたボトルがぶんと宙へ放られた。
近寄るなという威嚇のつもりだったにしてはコントロールがなってなく、
反射的に避けようと身を傾けた太宰の傍らをひゅんっと飛んでゆく。
自身の後ろにいた敦にも当たらぬだろう、頓珍漢な方向だなと安堵したそのまま、
手ぶらになってしまった少年へ歩みを運び始めた太宰だったが、
「わ。」
かしゃんというやや湿ったようなガラスの破砕音がし、
それにかぶさったのが、連れの少年の声だろう、驚きの一音。
え?とかっちりしたその肩越しに振り返った先では、
傍らに立ってた交通標識のポールに当たって砕けたボトルからあふれた何か、
得体の知れない液体が頭上から降って来たのを浴びてしまい、
ひいと幼いお顔を歪めた虎の子くんが、訳が判らぬながら身をすくめていたのだった。
まさかまさか、
そんな小さな小瓶による襲撃が、
とんでもない事態を引き起こそうとは…。
to be continued. (17.09.10.〜)
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*勿体ぶってますね、すいません。
中敦ものなのになかなか中也さんが出てきません。
歯がゆいです、まったくもう。(こらこら)

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